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ジャカルタのふろしき。

新卒でインドネシアはジャカルタに流れ着いて2年。日々生活で感じたこと、海外から日本を見て 思ったことなどを綴るブログ。最近JKT48にハマったため、関連の話題多めでお送りしてます。

定時制高校の枠減少による貧困の再生産

労働 政治 エッセイ

4年前のとある日。生憎の曇り空の某都立高校に足を運んだ。年末年始の公設派遣村(失業者など生活困窮者の年末年始を支援する東京都の生活相談、宿泊提供の事業)で知り合った24歳の友人の入学式のためだ。彼は幼少の頃に唯一の肉親であった母と弟が蒸発してから、残された借金も背負って一人で生きてきた、苦労人という言葉でくくるには壮絶すぎる生活をしてきた青年だ。

生活保護申請やアパート探しにも同行していたので、住まいが見つかった後に定時制の高校に通えることになったときは嬉しかった。

仕事が見つからないのは努力が足りないだけだ、というような自己責任論がまかり通る昨今、努力を使用にも環境が悪すぎてどうしようもない人々の象徴のような存在だった。

その彼が晴れて高校に通えることとなった記念すべき日。保護者の気持ちとは言わないまでも感慨もひとしおだった。

早めに着いたので式が始まるまでの間保護者控室で座っていた。部屋に入ってきた保護者を眺めていると夫婦揃っていることはまれで、ほとんどが母親一人だった。母子家庭が多いのだろうか。少し色褪せたスーツを着た人や、疲労の色が見える顔をした女性が多い。決して楽ではない生活ぶりが伺えた。

入学式が始まり校長ほかの挨拶がなされた。「ご入学おめでとうございます」という言葉が聞こえるたびに涙が出そうになった。ほんとうにめでたい。

ぼくは自分の人生で入学式に四回出たが「入学おめでとう」が心に響くことはなかった。大学まで通うことを、どこかで当たり前だと思っていた。ぼくの生きてきた人生の中で関わった人々の家庭は、比較的裕福な部類が多く、親御さんも基本的には大学まで行かせるのを前提に考えている人が多かったような気がする。日本全体の大学進学率は50%程度なので、僕の周囲のようなほぼ100%大学に進学するような環境があるということは、極端な話まったく大学に進学する人がいない地域もあるということだ。

苦労して子どもを高校に通わせる、式に居合わせた周りの保護者たちに、心の底からの祝福の気持ちでいっぱいだった。色々あるだろうけど、是非卒業まで頑張ってほしい。


母子家庭世帯の平均収入は212万円で、相対貧困線に近付いている。大学はおろか高校に通わせることも難しい世帯は少なくない。収入が少ない、または昼間働く人々にとっては最後の砦となっている。しかしその砦の数は年々減少し教育の安全網は機能していない。

その年の三月には東京都立高校定時制の不合格者が313人であったと発表された。2009には公立高校定時制の不合格者が全国で計1174人に上った。大学卒や高校卒の就職率さえ低迷している不況下で、高校卒業の資格すら得られないこの1174人人はどうやって生きていけばよいのだろうか。

公立高校の授業料が無料になっても入学できないひとにとっては意味がない。一番支援が必要な層への、例えば定時制高校を増やすなど、社会保障の在り方を考えなければ、貧困の再生産はどんどん加速する。

自己責任論を声高に叫ぶ人々は、スタート地点を平等に近づける必要があることを再認識するべきだ。