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ジャカルタのふろしき。

新卒でインドネシアはジャカルタに流れ着いて2年。日々生活で感じたこと、海外から日本を見て 思ったことなどを綴るブログ。最近JKT48にハマったため、関連の話題多めでお送りしてます。

『最近の若者はだらしない』という説教に見るグローバル観の欠如 

 自動水洗式ではない手桶で水を流すスタイルのトイレ、お湯のでないシャワーが共用のアパートの一室。釘が抜けて物を置く板が斜めになっている机と、ベッドがあるのみの簡素な部屋。これがぼくのジャカルタ生活のスタート地点だった。おまけに水が汚いのか目に入ると炎症を起こすし、髪の毛がかびかびに痛む。まあ一ヶ月ほどで大量の蟻(本当に大量の、しかもでかい!)や蜘蛛、ヤモリと仲良く暮らすのも悪くないと思い始めたので、若いうちの環境適応能力は馬鹿にできない。

 この生活をしてみて本当によかったと思うことが二つある。一つは「最近の若者はだらしない。自分の若い頃は風呂もトイレも共用の四畳半に住んでたもんだ‥」という類いの説教をされる心配が一つ減ったこと。「いやーぼくも水しかでない共用シャワーで風邪引いたことあるんですよ、といっても常夏の国だったので冬のある日本ほどきつくはないですが‥」なんて切り返しができると思うと、逆にその手の説教が待ち遠しくなる。
 
 二つ目は、ここからが本題なのだけれど、上の説教をしたがる年配の方はいわゆる「四畳半一間」を最低の生活と位置づけて説教をしているにも拘らず、インドネシアはジャカルタにおいて、僕の住んでいた「四畳半一間」のアパートがけっこう所得の高い人向けの住居であることがわかったこと。日本の最低水準はジャカルタの高水準(決して「最高水準」ではない)なのだ。
 
 この説教において日本において最低限とされている生活は、インドネシアでいえば全然悪いものではなく、むしろ国民全体中ではきわめて高所得の住んでいるアパートといえる。僕の住んでいた部屋はひと月160万ルピア、円に直すと1万6千円くらい。国民の平均所得が2万円程度の国ではなかなか住めるものではない。同じフロア、三階に住んでいた友人は外資の会社に勤めていたり、決して貧乏でない地方の家から大学に通うために一人暮らししているなど様々だった。インドネシアの大卒の月収の相場はざっくり平均すると2、5万円くらい。月収が10万円相当に達するのは10年くらい勤めたマネージャークラスなのだ。
 
 そう考えると、大学をただ卒業しただけで月収20万円がもらえる日本の新卒市場というのは非常に、いや異常に高待遇といえる。決して、決して今の新卒市場の相場はもっと低くあるべきとか主張したいのではないことをお断りしておく。あくまで企業は法律、特に労働基準法を遵守すべきである。だけれども、グローバル化が進むと、ある給料をもらう正当性があるかどうかが強く問われるのではないだろうか。
 
 例えば広告営業•制作部の同僚インドネシア人のTeguhさんを例に見てみる。彼はゼロからのデザインはできないけれどフォトショップとイラストレータの扱いに長けていて、英語でのコミュニケーションもできるし勿論インドネシア語でもできる。結構遅刻が多くて子どもが二人いる34歳。一方今の会社に入った当初の僕はインドネシア語のコミュニケーションは勿論できず、広告を作らなければいけないのにフォトショもイラレも使えない。そんな状態でTeughさんよりもとても高い給料をもらう正当性があるのだろうかと思い悩んだ時期がある。冷静に考えれば、日系企業相手の仕事が多いため日本人の方が仕事が進めやすいシチュエーションが多く、日本人であることが極めて重要であるという条件もあったりする。そのため一概に比較はできないが、一つの指標として示してみた。そしてこれはは経験不足故に想像になってしまうけれど、英語を使ったコミュニケーションさえできれば、いやそれができなくても国籍が関係ない仕事はたくさんあると思うので、そういう分野ではますます給料の高さの正当性が問われ出すはずだ。

 昨年参加した内閣府国際交流事業「世界青年の船」で出会ったタンザニアの友人の一人は、英語でプレゼンしてスウェーデンやオーストラリア人相手に全く引けを取らなかった。そんな彼女でも国内では仕事がないという。グローバル化が進んでいくと、このようなビジネスに関連する基礎能力だけで言えば不当に低い賃金の人材と争うことになるはず。

 ここで「Think globally, act locally 」という故・盛田昭夫氏の言葉が頭によぎる。ニュアンスはぜんぜん違うけれど、あくまでも世界全体における水準から見て、自分の仕事のクオリティは当該分野においてどの程度のレベルか、さらに給料が見合っているか、という観点をどんな場所にいても意識する必要が出てくるのかもしれない。「Think globally, (when you )act locally 」みたいな感じかなあ、なんて思う今日この頃。

 日本内の評価軸しかもたず、「最近の若者はだらしない。自分の若い頃は‥」と四畳半の苦労話をする世代は国内で競争を繰り広げた世代。しかしこれからは全世界各国のエリート同士が分野別で競争する状況になっていくので、これまでとは違う世界観を持っておかないと自分の立ち位置を見失い、待遇に納得できないシチュエーションが増えるのではないかなあ。まあそれはまだちょっと先のお話だけれども、確実にやってくる未来。

※インドネシアでは日本で言うマンションは「アパート」、日本で言うアパートは「コス」というのだけれど、日本人向けにわかりやすくアパートで統一した。英語で「Apartment」っていうとだいたい日本語のマンション的な建物だよね。