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ジャカルタのふろしき。

新卒でインドネシアはジャカルタに流れ着いて2年。日々生活で感じたこと、海外から日本を見て 思ったことなどを綴るブログ。最近JKT48にハマったため、関連の話題多めでお送りしてます。

「若い頃の苦労」を強要するおっさんは無能なので無視してよし

こちらのエントリを読んで思った事。 「苦労」は過大評価されている

このエントリを要約すると、以下の通りになる。

『「若い時に自分が苦労したことなので、相手も同じ苦労をすればいい」という考えでは何ら進歩がなく、「自分が苦労したことで、後の世代を苦労させない」という姿勢を持たないおっさんは身勝手。自分が苦労したことで、もう誰も苦労しないような、そんな仕組みづくりを心がけるべきであり、後輩に同じ苦労を強要するのは良くない』。

さてこの要約が合っているとすると、このエントリはクリティカルではない。
「自分が苦労したことで、もう誰も苦労しないような、そんな仕組みづくりを心がけるべき」というのがメインの主張であり、この意見はもっともである。しかし、そうだったらいいよねというレベルの話であり、結局のところ、べき論であって理想論。

もっとわかりやすい、「若い頃の苦労を強要するおっさんは無能なので無視してよい」理由がある。それは終身雇用制と年功序列+定期昇給という制度が崩壊し始めているという事実の一点に尽きる。

終身雇用制、年功序列+定期昇給のコンボが確定している場合、若い間にどんなに苦労をしようとも、年齢を経るにつれ、役職と給料は上がっていくという暗黙の了解があった。つまりどんなに苦労しても、報われる保証があったのだ。その枠組みの中では「自分も新人時代はこういう苦労をしたから、お前らもやるべき」という無能な先輩からの押し付けにも耐えられる。

ところが、終身雇用制と年功序列+定期昇給という制度が崩壊し始めている場合、必ずしも報われる可能性のない、もはやその可能性の低い「若い頃の苦労」を耐える誘因が何処に存在するだろうか。

「苦労」というのがマジックワード化しており、意味が広すぎるので非常に都合の良い使われ方をしている。終身雇用制と年功序列+定期昇給という制度がまだまだ現存する大企業もしくは優良企業以外で、「若い頃の苦労」を強要してくる先輩がいる場合、完全に無視する事を推奨する。

もちろん苦労全般を否定するわけではない。体力的にも、人生の残された時間という観点からも、若い頃だからできる挑戦は多い。例えば、ぼくは現在海外で現地採用として働いていて、駐在員と比べれば「苦労」と呼んでも差し支えない生活をしている(詳しくは こちら をご覧下さい)。しかし、高級マンションではなく、路地裏に生活するからこそ見えてくる風景や実感がある。この生活は今後の僕の人生の財産となるはずだ。

それでも 「若い時に自分が苦労したことなので、相手も同じ苦労をすればいい」という理由のみで若い頃の苦労を強要してくるおっさんは100%無能なので無視してよし。このパラダイムシフトを俯瞰する事もできない無能な先輩だ。それが会社のカラーなのであればブラック企業確定なので、さっさと見限らないと、命の危険にまで及ぶ危険性がある。信頼できるどなたかに相談されたし。命より大事な苦労なんか何処にもないよ。ほんとに。

POSSEという労働相談を行うNPOもあります。
http://www.npoposse.jp/