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ジャカルタのふろしき。

新卒でインドネシアはジャカルタに流れ着いて2年。日々生活で感じたこと、海外から日本を見て 思ったことなどを綴るブログ。最近JKT48にハマったため、関連の話題多めでお送りしてます。

早起きムスリムと、経済成長 - 古くからある教えの合理的な部分と、「先進国化」のバランス

インドネシアに住んで2年目。
断食毎年7月から8月にかけて行われるプアサ(断食)も2度目の経験となった。

プアサ明けのレバラン休暇は、日本で言えば盆と正月が一遍にきたようなありがたい大型休暇だ。ジャカルタは地方出身の人 が多いため、この時期になると人がとても少なくなる。ほとんどのインドネシア人にとって、田舎に帰る年に一度のチャンス。外国人にとっても、帰国かバカンスの唯一のチャンスだ。

今年2012年は、8月18日が断食最後の日(年によって変わるし、直前まで休みがはっきりしないため、業種によって はスケジュール管理が至難)だった。二度目の断食明け休暇もバカンスには行かずジャカルタで過ごしている。去年は何をしていたかなあ、と振り返っている と、ある出来事を思い出した。

昨年の断食明け日の朝、午前4時くらいだったと記憶している。「ふざけんなよいいかげんにしてくれマジでうわあああ あ!!!」。英語で、こんな叫び声がフロアに響き渡った。僕が住んでいるコス(日本で言うアパートみたいなもの)の同じフロアの端っこの方か ら聞こえているようだ。最初は痴話喧嘩かと思い、恐る恐る声の聞こえるドアの方へ近づいた。
ドアの前に立って気づいたが、喧嘩でもなんでもなく、若い男が一人でわめいているのだ。叫び声の内容を聞いていると、ど うやらコスの外の騒音が気になって眠ることができず、ストレスがたまった結果わめいているようだ。しばらく僕がドアの前で立っていると、赤みがかった金髪 の若い白人男性が出てきて、何かを叫びながら屋上に駆け上がっていった。数週間後、その人が住んでいた部屋に新しい人が引っ越してきたので、おそらく彼は どこかに引っ越したのだろう。
気持ちは分からないでも無いけど、実はどこにいっても騒音から逃れることはできない。
というのも、断食月の間は夜明け前の午前3時と夕方午後6時に、近所の子どもが太鼓を叩いて回るのだ。日の出前の食事 サフールと日没後の食事イフタールの時間を知らせるために。各地域にある、モスクを中心としたいわゆる町内会のような組織があり、子どもたちが騒ぎながら 地域を練り歩く。アザーンのような掛け声を上げ、(知らない人にとっては歌に聞こえる)その声に合わせてドラム缶に革を貼付けた太鼓を叩き、爆竹を鳴らす ので、音としては非常に大きい。人によっては安眠することが難しいといえるレベルだ。

これとは別に「アザーン」という礼拝の呼びかけが、毎日朝4時から各モスクのスピーカーで大音量で流される(1日5 回)。これは断食中だけでなく1年中流されるので、慣れるまでは安眠するのも一苦労だ。高級アパートメント(日本で言うタワーマンション)に住む駐在員の 人々には関係ない悩みではあるが。
非イスラム国の外国人にとって、いくつかの風習は受け入れがたいこともある。その一つがこの夜明けのアザーンだ。公的な休みが直前まで決まらないというのも非常に困る。本当に2、3日前まで決まらないこともある。

しかしながら、たまに改めて考えると、その慣習は、非常に理に適った大切なものであるように思うこともある。例えば彼ら は朝4時に最初のお祈りをして、午後7時に最後のお祈りをする。つまり彼らにとっての1日は4時に始まり、午後7時活動終了時刻なのだ。(トルコと並ぶ2 大ゆるいイスラム国でもあるので、夜更かしの人もたくさんいるけど。)

ある日、残業をして夜の午前2時頃に自宅に戻った際に、守衛からスラマットパギ(日本語でおはようおはよう)と言われ、 はっとしたことがある。彼らにとって午前二時はもう朝なのだ。そう考えると、太陽の出ていない時間に、電気という技術を使い、無理矢理活動していること が、急にひどく不自然なことに思えた。地球に住む動物としてひどく逸脱した行動である、、、というと大げさかもしれないが、そんな風にすら思えたのだ。

日の出と共に起きて日の入りと共に活動終了する、という規範を持つ人々にとって、朝四時に起こされることで発狂してしまうという生活様式が定着したのは、人類の歴史から考えればつい最近の話だ。

こんな風に、工業化•商業化社会人間が失った、人として大切な何かを、彼らが持っているのではないかと思わされることがときどきある。
今日、電力をどのように確保していくのか、ということについて全世界で(特に日本では)強く問われているが、例えばムスリム式でビジネスのスタンダードを朝4時から始まれば消費電力が一気に減るのではないか、、、なんてふと思った。完全な余談。

一人当たりの名目GDPが3500ドル近くなり、ある定義では後進国から新興国となった。ジャカルタ首都近郊だけで言 えば一人当たり8000ドルともいわれ、どんどん先進国へと近づいている。この原動力となっている人々は、イスラムの慣習だけではなく、ビジネスパーソン としての慣習も持ち始めている。
大切な仕事がある場合、6時になったからといって帰る人ばかりでは困るし、大事な商談の時間にお祈りがあるといって抜け る人ばかりでは、この経済成長はおこりえないと思う。断食明けの休暇でも働かなきゃいけない人も増えるだろうし、イスラム文化ではタブーである、お酒を提供する飲食店や夜のお店といったサービス業も、拡大する一方になるはずだ。

毎年6%程の成長率を誇る、世界最大のイスラム人口国家インドネシア。経済成長に付随するビジネス慣習とイスラム文化は時に相反することもあるだ ろうが、どのようにバランスをとっていくのだろうか。極度に工業化•商業化されてしまった人類が、地球と共存していくために必要なバランスのヒントを、彼らが見せてくれるんじゃないかなあ、と少し期待している。

(SWY Lounge http://www.swylounge.com/ に寄稿した文章を修正したものです。)